5日目・五里霧中

古虎頭橋→→漢中市博物館→→秦嶺

古虎頭橋/隣人の名は

古虎頭橋ここは、魏延が殺されたとされる場所です。
思いっきり漢中市の市街地にあります。周囲は商業地で、大通りに面していました。左隣はケンタッキーフライドチキン(中国語表記だと「肯徳基」)でした。

今ある石碑は、1933年に建てられたそうです。それまでも碑はあったらしいのですが、壊されたりだとか色々と。

柵の中の石碑3つが魏延の碑ですが、周囲には植木鉢やらダンボールやら日用品やら露店の商品やら置かれ、現代の生活に密着しまくっております。馴染みまくり。さすが魏延。画像左下には路駐自転車のハンドルも見えています。別の場所に魏延の墓もあるらしいですが、そちらには行きませんでした。

ここも当初の予定にはなく、魏延プッシュだというMさんの発言がきっかけで行くのが実現した場所です。少人数なせいか、融通ききまくりでした。

漢中市博物館/by曹操

漢中博物館漢中市の博物館です。1958年オープンだそうです。
右画像は建物の一部。建物がどれもこういった感じで、趣ありました。低層建築で、ビルっぽくないといいますか何というか。

漢中といえば前漢の高祖・劉邦でしょうかやはり。とはいえ、ツアーの趣旨が別のところにあるので、劉邦や他時代スポットはあんまり巡らず。この博物館的最大の三国志展示物は、曹操のものとされる筆跡でしょうか。曹操ってこういう字だったんだと感慨に浸れます。

…という軽いテンションでこの博物館を巡ったのですが、旅行中に買った本を帰国後に見ていたら、ここに張嶷の墓の墓石が展示されている旨が記載されているではありませんか! これは再訪を固く誓うほかありません。
で、3年後に漢中市博物館を再訪問した話は西安・漢中編で。

入場料/30元

余談メモ。

ここから秦嶺に向かう途中で、「去ろうとした韓信を蕭何が引き止めに来た」場所というのがありました。碑がしっかりと建っていたりして。さらに秦嶺方向に向かうと張良廟もありました。漢中はやっぱり前漢スポットなのだと再認識。

秦嶺/オーバーロード

石碑秦嶺山脈縦断です。
道路はヘアピンカーブの連続、もちろんカーブにはカーブミラーなんてありゃしない。車で越えても相当な場所。夏侯覇が自力でこれ越えていったのかと思うと目頭に熱いものが。

左画像は、その山中で撮ったものですが、何が写ってるのかよく分かりませんね! 中央に「秦嶺」と書かれた碑があります。雨と強風と濃霧で日程がおかしくなり、ここは「行っただけ」です。「はい着きました」でもう撤収。濃霧で10メートル先もロクに見えない。ドライバーのLさんはものすごい安全運転の人だったのですけど、ここは大変そうでしたさすがに。

この後、この秦嶺の山の中から宝鶏市へと下山していったのですが……この写真を撮った場所を出たのが午後4時半ごろ。宝鶏市のホテルに着いたのが午前0時半。行きは2時間ほどだった道路に何が…。

大渋滞。ひたすら大渋滞

渋滞山道なもので、日光のいろは坂(※)みたいなヘアピンカーブの連続だったわけですが(しかし規模は長大。いろは坂は比ではない)、そんな中に無数の大型トレーラーや大型トラックが上り車線も下り車線もいるわけです。輸送の要衝らしいですよ、ここ。

※いろは坂
栃木県日光市にある坂の名所。山を登るために、ヘアピン級のカーブが続く。しかし、いろは坂は上り車線と下り車線が別の道路に分かれてるので、「対向車がいてカーブ曲がれません」なんてことはない。

そしてお約束のように、ほとんどのトレーラー&トラックが過積載で動きが鈍重。上画像はそんな渋滞の一コマですが、霧が濃すぎて2台前の車すらまともに認識できないですね。

秦嶺の山道は片側1車線ずつ、大型車は反対車線にはみ出さないとカーブを曲がれないので、対向車がカーブ内にいると曲がれない。しかし対向車側は「大型トレーラーが来たから通れるように待って譲ってやろう」という精神が皆無。少しでも隙間が空くと待たずにカーブに突っ込む。混んでてスピード出てないので衝突はしませんが、結局どっちも曲がれない。
さらに、対向車線に隙間があると、追い抜き割り込みを試みる車続出で、ようやく進めた対向車がまた進めなくなる。そんな現象が至る場所で起き、どの車も進めなくなってしまったと。

さらに、この日は超悪天候でした。雨脚は強くなるわ霧は晴れないわで、気温は下がる下がる。夜になると雨と霧は引きましたが、気温がまた下がる。車の中も寒い、しかもやることがない。たまに、MさんやJさんと雑談してましたけど、何時間も続くとそれも限界になってくるのですな。

渋滞抜けるのに7時間。市街地まで1時間。
Jさんによれば、こういう渋滞は珍しい話ではない…といいますか、「いつものこと」らしいですよ。宝鶏市も放置してるとのことでした。慣れてる人は時間潰しグッズ完備してそうです。


深夜/ナントカ・クオリティ

宝鶏日付もとっくに変わり、やっと着いた宝鶏市内。

宝鶏は、元の名前を陳倉というそうです。「おおお、ここがあの陳倉!」とテンション上げたいところでしたが疲労には勝てず。ホテルの名前は国貿大酒店(三星級)。珍しく…成都以来の高層建築で、部屋が17階だったか18階だったか……晴れていれば眺望抜群だったと思います。

画像は、翌朝に部屋のバルコニーから撮った宝鶏市内。曇りすぎ; 奥に川があります。

ホテルの印象はあんまりないのです。到着が午前0時半ではさすがに。夕食も食べませんでした。そもそも、遅すぎてどこの店も営業していないし、私も疲れていたし寒いからとっとと風呂に入りたかったのです。 しかし、ツアーの規約なのか、「食事はいらない」と言ったらJさんは「では、何か売店で買っていってください」と。契約上、「何か食べました」という証拠(?)がないとダメらしいです。

そんなわけで、売店でビスケットを購入しました。すぐには食べずに日本へ持ち帰ってから気付いたのですが、消費期限過ぎてるぜ! 10日ほどの期限オーバーだったので、普通に食べましたが…。ちなみに売店は昔ながらのカウンター式。奥の棚に商品が並べてあり、見たい品物はカウンターにいる店員に取ってもらう方式でした。

すっかり冷え切っていたので、ホテルのお湯が普通に出て本当にありがたかったなぁと思いました。しかし落とし穴はまだ続く。ドライヤーがない! 先に気づけばよかった…。仕方ないのでタオルドライでお茶を濁したのですが、季節は夏だと言うのに寒い。

そんな散々な1日でも、絵付覚書は描いた! 秦嶺で缶詰になってる間、暗くならないうちに描いた!→コレ。

余談メモ。

ツアーで外国人が泊まるようなホテルは、アメニティは普通にあるしベッドメークも問題ないですが、四星級以下だとドライヤーやローブは置いていないこともあります。ドライヤーがあってもブロー用で、髪の毛乾かすにはパワー不足だったりとか。
バス周りで苦労したくなければ、四星級以上に泊まりたいところです。ツアーはホテル選べないですし、都市によっては三星級が最高だったりして、あまりどうにもなりませんが。
ちなみに、三星級だと両替のできないホテルもあります。マイナー地に行く時の両替は計画的に。


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